知的ルーティン・ワークの海外移転、どうする?

知的ルーティン・ワークの海外移転、どうする?

9月最初の3連休は見事に仕事漬けでした。
「緊急」かつ「重要」な出来事だったので、対応しないわけにはいかず。

スティーブン・コヴィー博士は、「緊急ではない」けれど「重要」だった時期にあらかじめ手を打っておけば、「緊急」かつ「重要」になる前に対応できるとは言いますが、今担当している物流の仕事の場合、そうも行かないこともあります。

結果は、ボロボロになりながらも、何とか生き延びた、という程度の解決具合で心身の疲労はなかなかのものです。

それはさておき、しばらくお休みしてインプット、思索を重ねていました。
職業としての物書きだと自由に書いたり休んだりしにくいのかもしれませんが、こちらはその点は自由です。
当然、この間にたくさんの本を読みながら考えたり、これからのことについてプランを練り直したりしました。
少しずつ書いていきたいと思います。

さて、今日は最近に気になっているルーティン・ワークの海外アウトソーシングです。
これ自体は、トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」の中で語られてから一層有名になったのだと思いますが、いよいよその流れが顕著になってきたようだと感じています。
私が知るいくつかの企業でも、ITや人事、経理などかなりの業務が中国や東南アジアに移転されていると聞きます。
これまで、ホワイトカラーとしてつぶしが効く、あるいは食べていけると考えられていた経理や、専門的スキルを有するITや人事などもそうなっているのです。

ルーティン・ワークの対比として定義づけられるのが、クリティカル・ワークもしくはクリティカル・ワーカーでしょうか。
優秀な人材の採用を掲げて急成長し、徐々に人材輩出企業にもなりつつある、ワークス・アプリケーションズの採用サイトで見つけたクリティカル・ワーカーの定義は以下の通りです。

『ロジカル・シンキング(論理的思考)、クリエイティブ・シンキング(発想転換力)を兼ね備えた問題解決能力が高い人』
『既成概念にとらわれず、ゼロから新しい価値を生み出せる人材』

本音を言うと、それはなかなか難しいな、と思います。
そんなことができたらまさに引っ張りだこですね。
しかも、そもそもたいていの人は大人になるまでの過程でそういうことを求められて生きてきていませんから、「既成概念にとらわれず」と言われてもものすごく難しいです。

ただ、一つ思うのが、確かに子供の頃からそのようなことは求められてきていないので、急にそういうことを言われても困るとしても、もし本当にそういうことが必要ならば、そのようになるように気持ちを切り替えて努力していくことは可能だということです。

明日からクリティカル・ワーカーといえるような人材になって下さいと言われても困りますが、少し時間をもらえればそういう方向で努力していくことはいといません、ぐらい言ってもらえれば、個人的には十分かな、と思っています。

自分自身の変化スピードが、社会の変化とくらべて著しく遅れていなければ何とかついて行けますし、社会よりも少し前を行ければ、けっこう余裕を持って生きていけます。

いきなりクリティカル・ワーカーがしんどいとしても、そっちの方向に向かっていく意欲があれば、今のところ大丈夫です。
ただ、危機感を持ってかじを切っておくのは必要かもしれません。