外交の本質:竹島、尖閣諸島での出来事を見て

外交の本質:竹島、尖閣諸島での出来事を見て

このところこの話題だらけなので自分なりに考えてみました。

いくつか前提があって、

・まず、領土問題は「国」という制度を認め、それぞれに主権を認めた以上不可避だということ。
・とりわけ近接する「国」の国力が近づけば、ある程度つばぜり合いが起きるのは自然の帰結。(あまりに力の差があると領土で争いにはなりにくい。例:現在のアメリカと周辺の国。ただし移民や麻薬など他の問題は多数)
・そして、その隣接する地域に価値のあるものがあるなら、なおのこと争いは避けられない。

次に、外交とは何かについて

・外交とは決着しないもの。
・お互いに主張しあって平行線をたどるもの。
・それができない場合には武力闘争になるもの。
・武力闘争を避けるために、お互いに主張し圧力をかけ合って、お互い決着はつかないことを承知のうえで先送りにしていくもの。
・国民には本気で勝ちに行く姿勢を見せながら、「実際にはそうは行かないよな」と思っているもの。

そうでないと世界中で戦争だらけになります。
双方がその地域を欲しい以上、話し合いで決着がつくはずもありません。
国を超えた力が裁定してくれるのなら当事者同士妥協もできますが、強制力がない以上、国民に自分の生活(職業)を握られている政治家としては、戦う姿勢を見せながら時間を稼ぐしかないでしょう。

ですから、本気で文句を言っているように見えて、ほとんどの人はポーズです。
芸風というか立ち位置の問題です。
政治家で本気で怒っている人は、たぶん政治家に向いていないと思います。
そんな人はほとんどいないと思いますが。

経済や財政、福祉、エネルギー政策にはきっと正解があって、いい選択を続けていく成功を続けられる可能性は高まりますが、外交には正解も勝利もなく、仮に一度本当に勝利してしまうと後日手痛いしっぺ返しをくらう恐れがあるものです。

そのことを社会全体が分かるようになった時に、成熟した国家になるのでしょう。
今のヨーロッパがそうだと思いますが、とはいえ何百年も血みどろの戦争を繰り返してきてようやくたどり着いた境地でしょうから、アジアにはまだまだ早いのかもしれませんが。