夢が叶わないとき

普段、僕は人が成功するための活動をしています。
言い換えると、その人が望むものを手に入れるお手伝いです。

しかし、現実には誰もが常に望むものを手に入れられるわけではありません。
望んでも望んでも手に入らないことがあります。

そんな時、どうすればいいのでしょうか?

理論では、「高いゴール」を掲げて「エフィカシー高く」生きていけば、ゴールの実現に近づきます。

そのゴールは、現状を大きく超えるものであることが理想で、しかも長年の努力によってそのゴールの実現が近づくと、すぐさまゴールをさらに遠くに更新するので、当初のゴールは通過点として達成するものの、一生涯「ゴール」を達成することはない、と考えます。

これが認知科学によって確立された21世紀の目標達成理論であり、ほぼ完成形だと考えられます。

しかしながら、望みどおりに実現しないゴールもあります。

 

そこで知りたいのは、そんな時にどうすればいいのかです。

 

僕の結論は、「前に進むこと」です。

何があっても前に進み続けることです。

そのために必要なのは、望みどおりに行かないこともある、という事実を知ることです。

ゴールを設定した時点で、最初からそのゴールの中に、想定通りに行く可能性と、行かない可能性の2つが内包されています。

その両者は同時に存在していて、どちらも起きる可能性があるのです。

どちらが起きるのかはサイコロの問題であって、100%自分の望む通りということはそもそもありません。

人生がサイコロなら、ゴールを設定して高いエフィカシーを維持することにはどんな意味があるのかというと、確率を飛躍的に高める効果がある、と考えるのが良いと思います。

そして、そもそも想定通りと想定外のどちらも起きる可能性があるのでれば、どちらが起きても淡々と進めるしかありません。

どちらが起きても予想通りだからです。

さらに付け加えると、まだ途中経過の段階かもしません。

今後、どうなるかわかりません。

 

とは言え、折り合いは別の問題です。

予想通りでも、期待していた方でない結論になった場合には落胆します。

そして、大切な人と死別するなど、本当にこの先同じ時間を取り戻す機会がない種類のこともあります。

ここでできるのはそのまま落胆することだけです。

 

落胆しつつも、そのことが「予定通り」の一形態であることを受け入れて、ゴールを再設定して前に進み始めます。

立ち上がって進み出す時期はいつでも構いません。

すぐに進まなくてもいいのです。

進めるようになった時に動き始めればいいだけです。

 

望んでも手に入らない時には、手に入らなかった事実を嘆き続けるのではなく、新しい未来に向かって歩き続けるしかありません。

「嘆き続けるのではなく、前を向いて進もう」というのは一見ありふれた捉え方ですが、このことを自分自身の理解として語れるようになったとき私たちは未来に対する高い自己評価、つまりエフィカシーを手にすることができます。

そして、その高いエフィカシーが思い通りの結果を手に入れる可能性をぐっと高めます。

「想定通り」の実現可能性が高まるのです。

 

最後に、繰り返しですが最初に知るべきことは設定した「ゴール」にはそもそも「想定通り」と「想定外」の両者が含まれていて、どちらが実現してもゴールを更新して先に進んでいけばいい。

枠組みとしてはそのように受け止めればよいと考えています。

挫折の失望は味わいつつも、このようにするしかありません。

 

実際、人類はそのようにして数々の困難と挫折を乗り越えてきましたし、そのおかげで大いに進歩・発展してきたのだと思います。